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力まず、恐れず、スピーディーに ベーシック社長ブログ

一番町にある株式会社ベーシックの社長ブログです。

今までのやり方に固執する人たち。

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こんにちは、ベーシック秋山です。

昨年末から考えてきたテーマとして
”このブログは”誰にとって良いものなのか”というものがあります。

発端は、あるメンバーから”秋山さんもしかして、遠慮があるのではないですか?”と指摘され、確かにと思ったこと。

そして、書きたいことはなんなのかなあと考えた結果は以下のこと。

”自分が信じている良いと思えることを遠慮なく伝える”

この視点を通じて、ベーシックの代表がどんな人で、どういう思いでマネージメントをしているのかを知ってもらえたら良いと結論づけました。

ということで、ベーシックの理解を深めてもらうためにも今年も書き続けたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。


僕の知り合いに新しいことや取り組みを避けたがる人がいる。

決して不真面目なわけではなく、一生懸命仕事に取り組んでいる。
行動に変化が見られず、結果も著しいものが見られない。
しかし、本人にはその自覚がないように感じる。

浮かんだ興味やアイデアを話してくれるが、それを行動に移すことをしない。

先日も彼にアドバイスし本人が「なるほど。」と唸り、ついでに本の紹介して「読みます!」と言って帰って行った。

しかし、僕はこれまでの経緯含めて新たな行動に移すのか気になっていた。
これまで同じようなやり取りがあっても変わらないからだ。

後日その件がどうなったのかを聞いてみると。

考えた結果、今までのやり方で進めてみようと思いますと返事が帰ってきた。
その方が確実だし、今はそこまで余裕がないということだった。

発想の源はインプットの総量

ここで考えたいのは、なぜ彼は新たな方法に取り組まないのか。

本人は余裕が無いというが、それよりも、新しいことより知っていることの方が物事が進むイメージが鮮明だから、その選択をしたのではと思う。

明らかに自分にとって不利益な状態にも関わらず、新たな情報を取り込んだり、試したり、試行錯誤しないのは何故なのか。

思うにこんなことだろうか、

1.自分が生み出した興味の重要性を理解していない。

理解とかのレベルの前に、自分がもたらした興味は自分の課題を解決するサインであり、
そのサインは蓄積の結果に生まれた大事な視点だと理解できていない。
思いつたアイデアも、言わない。言ったとしてもすぐに取り下げてしまう。周囲を気にしすぎているのか、自分の思考を自ら軽んじている。

2.今までのやり方が最も効率的だと思っている。

新たな取り組みは最初は負荷を生み、一方従来のやり方は負荷を生まないと思っている。”教えているくらいなら自分でやったほうが早い”と考えがちで、結果的にタスク過多になっている。

3.自分の工数(価値)を安く見ている。

2にも通じるが、とにかく自分でやったほうが早いと考えがちで、自分の労働力を過小評価している。貴重なものと捉えて、工夫することを怠っている。

4.最短の解を求めている。

取り組むことに対して、即効性を求めている。できれば、すぐに知りたい、終わらせたい。
少し時間が掛かりそうならそれを後回しにする。興味と行為を天秤にかけて判断している。

5.頑張れば好転すると思っている。

こちらも2に通じるが、今までのやり方を続ければ事態が好転すると思っている。
頑張りは行為であって手段との違いを理解できていない。同じ方法を通り一辺倒でやっても、打開は難しい局面にもかかわらず、あいからわず頑張りで通そうとする。

6.新たなインプットによって何かを解決した経験が少ない

常に今ある手段、過去の経験に基づいて解決しようとする。楽な選択肢を取ってしまう。無意識にこれまでのやり方に固執している。新たな方法や、考え方が解決に導くというそもそものイメージがないから、そこに着想しない。

まとめると、自分の価値と新しいことが生み出す価値を理解していないと思う。
例えば、興味→手段発見→行為の関係を正しく理解しておらず、面倒、手間というレベルで行動を抑制しているため経験量も乏しく、いざというときに思考がシュリンクしてしまっている。
これでは、負のスパイラルに陥るのは仕方ないと思う。
その元凶が従来のやり方を続けていることだということに、気づきべきだ。

彼がすべきことは新しいことがもたらす恩恵を知ること。

まず一つは思いつきでも、興味や発想を大事にすべきということ。ふと思いついたことだとしても、掘り下げる癖をもつことで、わからないことがわかり、知りたいことが生まれてくる。

もう一つは、面倒くさがらず思い切って取り組むこと。
些細なことでも行動に移すだけで、新しい理解は生まれる。それを”うまくいった、行かない”という結果のレベルで見るでのではなく、そこに含む要素を自分が扱えるレベルで認識する。

影響したのは、人なのか、物なのか、言葉なのか、タイミングなのかのように。

そもそもわからなかったり、イメージできなかったりするのは、圧倒的にインプット量が不足している時。よく、フィジカルに比べ、メンタルや思考は無限の可能性があるように勘違いしている人を見かけるが決してそんなことはなく、アウトプットはインプットの総量で決まってくる。可能性とはそのなかの掛け算が機能しているだけでしかない。0に幾つ掛け算しようと0は0のまま。

ユニクロの柳井さんが著書でこう述べています。

「優れた勘」や「いいアイデア」、「斬新な考え方」こういったことができる人は、天才なのか。天才でない限り無理なのかということです。
私はそうでないと思います。
=一部省略=
その前のプロセスに重要性があるのです。
つまり、そこに行き着くまでの間に、どれだけ色々なことを考えて、色々な人と話をして、そしていろいろやってみて、そこで真剣に自問自答するのか。これが大事なのです。

これは何一つ特別なことは言っておらず、至極まっとうなこと。

思考し、新しい情報を手に入れ、試して、また思考する。

心が感じた興味を意識の外に追いやるのではなく、もっと目を向けてみるべきだ。
例えば、気になった領域の本を一冊買ってみるとか、人から聞いたアドバイスは必ず行動に移してみるとか。

そんな些細な行動を続けるだけでも、蓄積の先に見える世界は変わってくる。