人生は人気投票
ダイバーシティ(多様性)や、自分らしくあること。それらは本来そうあるべきだし、”その人の存在”や、”アイデンティティ”自体は否定できるものではありません。
しかしこれらのメッセージを鵜呑みにして、損しているなーと思うことがあります。
というのは、”自分らしく”を過大に解釈して、”あるがままで良い”と思ってしまい、結果”自分らしく”から遠のいているように見えるからです。
僕がそう思う背景には、人生は人気投票という考えがあります。社会で仕事をする選択をしている以上は特に、です。
僕は働き手が仕事をする上で提供するものは、スキルに基づいた生産力だと考えています。
「その人が続けてきた、努力や取り組みで手に入れてきたもの」がベースのスキルであり、そこから生み出される生産力(新卒、中途問わず)が社会において評価されます。
例えばまだ未熟な時点(年齢は関係無い)において、自分らしさの追求をすることが、果たしてその人の利益につながると思いますか?※ちなみに僕の自分らしく生きる、の定義は、”自分の思想や信念(時には短期の考え)に則って生活を営むこと”と捉えています。
いま急いで、”自分らしく生きること”は、”未来の自分らしく生きる”に果たしてつながるのか?をもっと考えるべきです。
先ほど「人生は人気投票だ」と書きましたが、世の中の多くは相対評価で成り立っています。
- 恋愛、結婚
- 就職、転職、受験
- コンビニの商品、ネットでの買い物
- YouTuber、アプリのランキング
- 株式投資、クラウドソーシング、SNS
みーんな、レーティングされています。
「そんなことない、私は私として認識してもらっているし、私もそうしている!」
もちろん、そういう関係は存在します。例えば、家族や先生、親友、同僚、時には上司など、あなた自身を見てくれる人たちです。しかし、それらの人たちはマイノリティーかつ尊ぶ存在であり、社会のすべてではないのです。ここを勘違いすると危険です。
そもそも、見ず知らずの人に「あなたらしくて良い」なんて、とても無責任な発言に聞こえます。多くを経験した人たちはもっとシビアさを伝えるべきと思います。昨今の”自分らしく”の論調はその点をごまかしているように感じてなりません。
自分らしく生きたいなら、まず魅力的な人になれ。
「魅力的な人になる」とは、具体的に言うと、行きたい世界で競争に勝つこと、その世界で必要な生産力を持つことです。そして僕は先人に学ぶことこそが、その近道だと確信しています。以下エントリでも触れています。
詳しくはこの2つのエントリに譲りますが、スキルをつけるために遠回りする必要はないと思います。
最近参考になる記事がありました。
以下引用します。
自分がやりたい仕事のために独立する人もいますが、そういう人は自分に求められていることが見えていないケースが多い。僕自身、もともと自我も自己主張も強い人間だったのでよくわかるのですが、特に若い人ほど「個性」を勘違いしがちです。僕が「自分を捨て」て気づいたのは、「自分らしさを持っている人ほど、求められた仕事をしている」という真実でした。
ここは僕も同感です。
この社会で”自分らしさ”を求めるなら、結局は他者評価ありきでしかその存在は証明できないわけです。皮肉ですが、この逆説的な視点は持つべきだと思います。自分が自分らしくあるためには、相手が必要になるということです。
例えば、みなさんが発注者だったときに、スキルのある人と、無い人とで、どちらに発注をするでしょうか?
スキルのない人が頑張っているということを聞き、応援の意味で1度発注するくらいのことはあると思います。しかし、それが2度3度と続くことは考えにくいわけです。
取引が続くために必要なのは、スキルの向上が見られた、やりとりがスムーズだった、想定より早かった、など、レーティングの上で良いと判断されることです。
魅力的な人(スキルがある)は、結果的にどの世界でもその存在は認められます。ですが、残念ながらあなたが自分のままで、突然存在が認められることはありません。(容姿端麗、センスがあるとしてもそれも競争の上での判断です。)
人生は人気投票。つまり、競争です。
なので、自分らしくという聞こえの良い情報をそのまま鵜呑みにせずに、社会で生活を営むと決めたなら、まずは自分の生産力(スキル、経験)を上げるべきなのです。