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力まず、恐れず、スピーディーに ベーシック社長ブログ

一番町にある株式会社ベーシックの社長ブログです。

来期の計画を立てるときに気をつけたいこと。

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年末も差し迫って来た今日この頃、来年の事業計画を立てている方も多いのではないでしょうか。
僕らベーシックの面々もまさにガシガシと詰めている段階です。そんな中、今回は計画を立てる上でのコツをお伝えしたいと思います。

今回は計画を任されていて「わかんねー」とか「細かくやっても大差ないよ」と思っている、そんな新人マネージャー向けに書いてみました。※全体の戦略は既に決まっているという前提です。

その1.馬なりでもできるレベルは忘れる。

まず、あなたのチームで当たり前のようにできる部分は早めに計画に盛り込みましょう。

計画を立てる上で大事なのは、どれだけ具体的に施策のイメージを持てるかです。なので、当たり前にできることは、早々に計画に盛り込み、早めに思考から抜き去りましょう。

時間をかけるのは、考えてもなかなか具体策が出てこないものに対して、です。施策の一つ一つの精度が、あなたの計画に現実味を与えてくれるはずです。

図にするとこんな感じ。
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左から目標数字(この図でいうと100)、その次が馬なりでできる部分です。馬なりのトップライン(この図では50のライン)を基準点にして、それより上の部分に集中するようにしましょう。

これらは、実行フェーズでも同じことが言えます。

まず、馬なりのトップラインを0(例:馬なりを100やれば全体達成率50%)にして考える。そうすれば、そのトップライン以降の達成率を見ていくことで取り組みの視座は自然と上がります。

加えて、施策を組む際には120%以上の達成を目指す施策の量が適当です。そもそも計画した施策を実行して全てがうまくいくことはまずありません。ですから、それらを見越して多くの打ち手を用意することが大事です。

その2.それっぽいのダメ、絶対!

次に施策を作る上での留意点です。

大事なことはその施策に対して、どの程度の具体性をもって良しとするか。理想は行動に移せるレベルです。例えば”広告を使って集客する”としたときに、以下のような設定だと問題です。

  • Facebook広告を使い、集客全体のN%を獲得する
  • 新規顧客を営業代行会社を使ってN件にする
  • イベント参加を中心に、新卒をN名採用する

もしこのレベルの施策であるなら、これらは全部ダメです。
どういうことかというと、”それっぽい”から。

方針や方法、目標数自体の問題ではなく、計画に盛り込む施策の粒度としてこのままでは問題だということです。計画上の施策の良し悪しは、”今日が実行日だったとして、実行できるレベル”になっているかどうかです。

  • なんとなくできそうと思ったことは、どのような手順かを具体化しましょう
  • ボヤッとしてるけど、ある。では、その「あるもの」は、何がボヤッとしているのでしょうか?
  • 方針が決まっているのなら、それはいつやるべきでしょうか?
  • 過去できなかったものは、何があればできるようになるでしょうか?

そんなの無理!と思うかも知れませんが、先ほどの馬なりレベルはその域に達しているはずです。

では、馬なりのものと、無理!と思うものとの違いはなんでしょうか?おそらく馬なりは、経験したもので、無理と思うものは、未経験なものではないでしょうか。

だとすると、如何に早く経験をすべきかが大事だと見えてくるはずです。
そして、この点の理解ができると、計画とは何をすることなのかが見えてきます。

その3.わからない、見えない部分を明らかにする。

馬なりでできる部分、考えて具体化できたもの。その見えた割合は全体でどの程度でしょうか?6~7割でしょうか?一方それでも埋まらない”X”が明確になってきたら計画は現実味を帯びてきます。

わかることを明らかにする以上に、わからないものが”存在する”ということを認識することの方が、実ははるかに重要なのです。その不明確な”X”はなにがあればがわかるのか、見えるのか、を考えましょう。

それは、試してみなければわからないことなのか、知っている人がいれば埋まるのか、進まなければ検証できないのか。なにをすれば分かるのか、が明らかになったら、それ自体を計画に入れます。

つまり、”試してみなければわからない施策”であれば、なにをいつ、誰がやるのか、どう試すのか。を計画に入れるということです。それだけで、初動の早さが大きく変わります。

ここで気をつけたいのは、見えない、わからない部分に、”それっぽい施策”を埋めてしまうこと。これだけは絶対にやってはなりません。わからないから”何も入れない”、もしくは”それっぽいもの”を入れるとその時期に初動が遅れ、計画にビハインドを生み出してしまうからです。

その4.第三者が目をつぶってもイメージできるくらい。

多くの施策を一つ一つ整理して、具体化したらそれを第三者に話してみましょう。全くではないにしても、そこまで理解していない人が行動のイメージできたらそれは素晴らしい計画です。

一方、相変わらず抽象的だったり、それっぽいもので進めた場合は、おそらくイメージはできません。人はイメージできるものは再現できます。初動から迷わず行動するために、このタイミングの計画は想像以上に重要なのです。理想は、所作までイメージできる状態です!

その5.ここまでできたらあとはやるだけ。

ここまで来たら、あとはタスクに落とすだけです。

相当数のタスクが出来上がったと思います。最後に決めておきたいのはこれらの中でなにが一番効果的と思われるかです。あれこれ出来れば問題ないですが、多分リソースは限られていると思いますので、優先順位を決めましょう。その際に感覚でも良いので、なにが効果的だと思えるか。それらを決めてアクションリストを作りましょう。

施策実行のコツは、効果が高いと思われることからやることです。アクションリストができれば、あとはやるだけです。

未来なんかわかるわけないだろ!と思う気持ちはわかります。しかし繰り返しますが、経験することがその先を見通すことだとするなら、如何に早く経験するかが未来を切り開く鍵となるのです。
漠然としたものを明らかにする作業が、計画を立てることです。
旅行なら行き当たりバッタリも楽しいですが、事業計画はそうはいきません。計画を立てる当事者は船頭である管理者の仕事ですから、多くの人を率いる旅路をより良いものにするためにも、この生みの苦しみを楽しみましょう!
せっかくやるならです!!

まだまだコツはあるので、評判が良ければ書きたいと思います!

ということで、今回は以上です。

「高卒が良いよ」と聞いて考えたこと。

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やり抜く力は少ない選択肢からも生まれる

先日ある知人から聞いた話がきっかけなのですが、今回は選択肢の数と成長について書いてみたいと思います。

その知人の会社では、高卒の学生も積極的に採用しているらしく、僕が「どこも採用難ですからね」と言うと、そういった理由から高卒の学生を採用しているわけでは無い、ということでした。

その理由は「選択肢(不可抗力を含め)が少ない中での彼らのパフォーマンスは、想像以上に高い」ということでした。なるほど、かくいう私も高卒で、自己肯定をしているわけではないですが、振り返れば他の選択肢を考える余裕は確かに無かったです。

そんな話を別の経営者にしたら、「実はうちも高卒の学生を積極的に採用してますよ」と、立て続けにびっくりな話が出てきました。この話が気になって、もっと聞いていくと、当たり前ではありますが、いくつか条件がありました。

  • 学業や部活で一定の成績を上げている(結果)
  • 取り組んだことを投げ出さずにやりきる(部活やバイトなど)
  • 素直である

なるほど、と思いました。世にいう「学歴じゃないよね」というのは、こういった普遍的な力を持っていることなんだなと。十把ひとからげでは無いんだな、と再認識しました。

そして、ふと思い出したことがあります。子供の頃、一つのゲームしか持っていない友人は、信じられないくらいそのゲームが上手でした。その彼にとって、そのゲームはかけがえのないものであり、磨き続ける対象だったんですね。

一方で、たくさんのゲームを持っているけど、一緒にプレイするとものすごく下手な友人もいました。それこそ相手にされなくなるくらいの下手さです。そのゲームが下手な彼にとっては、そのゲームは数多く持っているうちの一つであり、そのゲーム自体に大した意味を持つことはないんですね。

これは、ゲームを一つしか持ってない友人はそのゲームに力を込めやすく、数多くのゲームを持ってる友人は、豊富な選択肢があることによって力が入りきらない、ということなんだなと。

領域を狭め、集中して取り組む

先ほどの話に戻りますが、実際には高卒だからという理由ではなく、領域を狭め、集中して取り組むことによって、累乗の効果が生まれている、ということです。

逆に多くのことに対しまんべんなく取り組むと、その効果は得にくい。選択肢がない(不可抗力を含め)ということが、時には力を込めやすい状況を生むのではないでしょうか。それらは何も変わったことを言っているのではなく、非常に正しく、当たり前の心理と感じました。

この逆の状態を、先ほどの条件に当てはめて考えてみると、

  • 中途半端な成績(結果)
  • 色々手を出してすぐに投げ出してしまう
  • 素直じゃない

すぐに「一緒に仕事をしたいと思える人じゃない」とわかりますね、これも当たり前の話ですが(笑)

ここまでの話は、”グリット(GRIT)”の考えに通じるものでもあります。

リンク先に詳しいですが、簡単に言えば「やり抜く力」です。

「石の上にも3年」とはよく言ったものです。これは今の時代にはちょっと古臭い考えのように聞こえますが、その場に居続けることや、累乗の効果のあるものが何なのかを考え、経験を積み重ねていくこと(ないしはそれに準ずる力を有すること)はとても大事だなと思います。

なので、選択肢が少なければ、まずは単純だとしても、決めたことを徹底する。いわゆる凡事徹底が大事です。多くの選択肢を持っている人ならば、それらの選択肢に共通するものを見極めて、その一点(専門性や特技)を貫く、そういったことが成長に近づくことだと思います。

僕は経営する側として、もっとパーソナルな部分に踏み込んで、一緒に働く人と出会いたいと考えています。冒頭にお話しした2社における、高卒まで採用対象を広げた採用活動は、素晴らしい個人を見つける方法ですね。僕らも今のやり方では全ては見つけられないけど、前述した2社のようにもっと視野を広げて多くの可能性にかけてみたいと思えた、そんな一件でした。

ではまた!

なんとなく過ごした日々は一週間前のランチに等しい

マネジメント 人事 考えごと

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一週間前に食べたランチを覚えてますか?

先日2017年新卒の内定式がありまして、その際に内定者と社員に向けてこんな話をしました。

「なんとなく働き、なんとなく過ごした日々は一週間前のランチに等しい」

これは、当たり前のことは最近のことでも記憶に残らない、という例えです。一方でだいぶ昔のことでも昨日のように記憶している出来事もあります。

みなさんは一週間前に食べたランチって覚えていますか?多分覚えていないのではないでしょうか。

学校を例に考えてみます。単位としての1年に意味はなく、小学校、中学校、高校、大学と、その等しく与えられた時間の中で、思い出深く記憶に残ることとそうではないことの違いはなんだったのでしょうか?

思い出深い出来ごとは、私たちになんらかの意味を伝えています。そして私たちのアイデンティティに影響してきます。それを「点」とするなら、点の数が多ければ多いほど、深みも幅も出てきます。
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点に意味をもたらそう、と。
その意味は何に影響するのか、と。

それは、アイデンティティに影響を与えることだと僕は思います。

そしてそれは経験が大いに関係しています。自分とは何か?を考えたときに、思考のベース(癖)には経験が大いに影響を与えているはずです(無意識に)。

哲学的には”生得観念(せいとくかんねん)”といいますが。観念(対象に対して抱く意識)は経験によって得られる。だとするなら、経験として残るような働き方を増やすことが、多くの物事の理解を増やし、そのひとの人生が豊かになる、というのが僕の主張です。

少し無理めなものがちょうど良い

当たり前ですが、感情が動いたことの方が記憶に新しく感じますよね。なので、感情が揺さぶられる仕事をするか、そのように行動するのが良さそうです。

例えば、それは少し無理めなものであれば、そこに費やす時間や思考、行動の量が増えるため、喜びも悔しさも増やせる効果があります。マネージャーであれば、そういった設定をメンバーに課すことであり、メンバーであればタスクを自ら高く設定をしていく方法でしょう。

思いを込めてやる仕事。
全力でやる仕事。

だからこそ、その先に意味が生まれる。

「なんとなく働き、なんとなく過ごした日々は一週間前のランチに等しい」

そんな毎日にならないようにしたいものです。

「すみません、、やりあっちゃいました。」と言われました。

人事 マネジメント

配慮はすれど遠慮はしない

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先日、部下から「すみません、、やりあっちゃいました。」と、そんな声をかけられました。聞けば、計画を詰めていく過程で、チームメイトに遠慮なく多くを求め、結果として、お互いがヒートアップしたということでした。

僕はそれを聞き、「いいね~!」と返しました。なぜなら、何かの取り組みに対し、メンバー間での遠慮があると「結果が遠ざかる」からです。

そもそも人間関係において、物事全てがスムーズに進むことはないと思います。大なり小なり、期待と違う結果や回答が返ってきます。

それを無理やりスムーズにしていくと、ほとんどのことは当たりさわりのないやり取りになります。難しいことに取り組んでいくには、そのコミュニケーションだとちょっと無理があると思います。

仕事を上手に進める上で、相手に配慮をしてスマートにこなすということは、心がけとしては大事だと思います。ですが、突っ込みどころで突っ込まないなんていけません。そんな関係は良い結果を生まないから。

もっと、汗かき、べそかき、喜んだり、怒ったりすることって大事だと思うのです。

なので、僕は彼の行為には賛成でした。

失うものはなんなのか?

遠慮せずやり取りすることによって、失われるものはなんなのでしょうか?

  • 相手の体面?
  • 相手のやる気?
  • 自身の信頼?
  • 人間関係?

いえいえ。相手への尊重があれば、これらは気にする必要はありません(多分)。ただ、ここに書いていないもので確実に失われるものがあります。

それは「結果」です。

当たりさわりのないやり取りは、それ自体空気のようなもので、言葉は全く届いていない可能性が高い。そんなやり取りに果たして意味はあるのでしょうか。

もっと言えば、同じ目標を持って進んでいる仲間に対して、そんな態度は思いやりにかけた行為とすら思います。

分離して考えよう

なので、「人」と「仕事」は分離して考えましょう。これは仕事を上手に進めるための重要なコツです。

誰かのアイデアに意見を言うことは、その人の人格を否定することでは無いのです。意見や考えを互いに戦わせることは、結果的にアイデアをより良いものにしていく効果があります。

チームで仕事をする以上は、この点を必ず理解すべきです。

何のために自分たちは集まっているのか?そもそもの意味に立ち返り、目的達成のためにどうすべきかを議論する。一人一人の仕事の集積が事業の結果です。チームで仕事をしている以上、チームメンバーの仕事に意見することに遠慮などはいらないはずです。

繰り返しですが、意見の否定は人格の否定ではありません。本当にチームで良い仕事をしたいと思うのなら、言うべきは言い、時にはやりあうくらいが丁度良いと思います。

冒頭の部下の話に戻りますが、彼はそんなスタンスで仕事をしているように見えます。

自分よりも、チームや事業の目標にとって何が大事なのか?そこに純粋に向き合う姿はまさにプロであり、部下といえど純粋に尊敬できる、そんな出来事でした。

頭にあることを言語化することがどれだけ大事か。

マネジメント 思考法

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使い勝手の良い言葉は迷いを生むだけ

僕が最近特に気をつけていること、それは”曖昧にしないこと”です。

心像(しんぞう)という言葉をご存知でしょうか?過去の経験などから、心に浮かぶ姿のことなのですが、これって結構厄介です。

例えば、

  • マック

この2つを読んで、あなたの心に浮かんだ像はどんなものでしょうか?”車”には多くのメーカーや車種があります。”マック”では、おそらくパソコンかファストフードのどちらかが浮かんだのではないでしょうか。

つまり、ある程度の共通認識があるものでも、心像は違ってくるということです。

それが仕事上の指示だとなおさらで、曖昧な言葉を使っていくと、現場で必ず混乱が起きてしまいます。指示する側が、どれだけその心像の違いに理解があるのか。これはチームを機能させる意味でとても重要です。

使い勝手の良い言葉を並べてみます。

  • 常識的に考える。いいようにやる。いつも通りにやる。例の件。
  • なるべく早くやる。可能なら早くやる。
  • 参加できる人で始める。来れる人は来る。
  • あれは良い。この仕事は良かった。
  • 気持ちを察する。言わずもがな。

などなど。

これらはとても使い勝手の良い言葉たちです。そして、おおよそ想像がつけばそれで回ってしまうタチが悪く、心像を捉えるのが難しい言葉です。

阿吽の呼吸と曖昧は違う

これら曖昧な言葉を多用する背景には、僕らが日本人というのも大きく影響しているはずです。日本古来からある”阿吽の呼吸”、”以心伝心”、”みなまで言うな”など、つまりは「できる人」の一要素であり、察することは美徳であるので、どうしてもそれらを求められてしまいます。

そして、多かれ少なかれ経営者であれば、その阿吽の呼吸に理想を持っている人も多くいるはずで、ともすれば「チームとはこうあるべき」と考えてしまいがちです。

ちなみに僕はその急先鋒でした。

でもこれらの言葉って、百害あって一利無しなんですよね(少なくとも仕事の指示においては)。言語化すること、定量化することの重要性と有効性は、今となっては痛いほどわかります。

しかし、当時(それほど昔ではないですが。。)は、それらを言語化することは”メンバーの成長を阻害する行為”と勘違いしていました。考えればわかりそうなものを細かく条件指定することは”考える力を削ぐこと”になるのではと思っていたのです。加えて、「行間読めよ!」的なことも含めて。

ただ実際にはそんなことはなく、むしろ曖昧さを残すことは、どこに集中すべきかわからずに相手を迷わせてしまいます。

なので、今はなるべくこちらの期待を明確に伝えるようにしています。まず結論ありきで、シンプルにして、留意点などは補足として伝えています。

例えば、曖昧な指示が「来週の会議までになるべく早く資料を作っておいて」というようなものであれば、明確にするには、

「来週の会議にあたり、この資料を今週金曜の午後1時までに作り、直接私に説明してほしい。」

  • 最終期限は来週水曜の会議の時間だが、事前に確認をしたいのと、作りこみに必要な時間を考えてそうします
  • 詳細まで作りこむ前に、まずは一番大事な骨子をまとめてください
  • その点がお互い確認できれば、あとは自由にしてOKです

というようなものにします。

そして、ここで気をつけたいのは”箸の上げ下げまで言及しないこと”です。一つ一つの細かすぎる指示は、やる気も思考力も削いでしまうし、本人の成長の機会も逸してしまうからです。

期待を伝えたら本人に考えさせるのが良いと学び、今はそれを実践しています。なので、心像となる部分をできるだけ明確にするように心がけています。

わかっているが、なかなかできない

なぜそうだったのか?を考えてみました。
・言語化することを考えきれていない
・面倒くさがっている(多分)
・依頼する側にもまだ明確なイメージがない(なら振るな!と言わないで…)
・言わずもがな(やっぱりこれが一番迷惑!)

時にはリーダーが答えを持ち合わせているわけではなく、はっきりしないこともあります。でも、その場合はそれを伝えればいいだけの事なので、イメージがあるのか無いのかくらいは伝えておくことが必要です。もっと言えば、協力を仰いでも良いかもしれません。「ここまでやってほしい。その結果を見て次を判断したい。今は材料が足りないから。」場合によってはそれで十分だと思います。

良くないのは曖昧な状態にすることなのです。

そして、変えてみてどうだったか?

驚くくらいの効果が出ています。迷わず動けるし、結果も違う。すると成果も出るのでお互いに尊敬の念も生まれます。嬉しいことばかりです。

面倒くさがらず、できるものは言語化していきたい。それがメンバーが最短距離で走れるものになるはずです。

偉そうに書きましたが、個人的な癖でやってしまうこともあるので、戒めも込めて書いてみました。
もう、曖昧にしません!

僕は本当に変わったのか。

マネジメント 人事

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なぜ僕は叱ってばかりだったのか

最近「叱らなくなった」と言われます。
周囲からも「変わった」と。。(大丈夫なのか?老いたのか?と心配もされるくらいw)

では、果たして僕は変わったのでしょうか?
そして、なぜ僕は叱ってばかりいたのか?

今回のその思考を分解してみました。

まず、そもそも僕は叱りたかったのか?ですが、結論を言えば、そんなことはありません。

ではなぜか?

  1. 好きだから
  2. それしか方法を知らなかった

答えは2。

そう、叱りたいのでは無く、思いを伝える方法をそれしか知らなかったのです。

その時の思考プロセスはこんな感じです。

  1. 期待がある
  2. それを察して欲しい
  3. その期待が満たされない
  4. 我慢する
  5. 1~4を繰り返す
  6. 我慢の限界を迎える(フガー!)

厄介なのは、勝手に我慢していたのだと思っている点ですね。周囲からすると態度が豹変したと見えるし、戦慄が走る!

書いてしまうと、恥ずかしい限りですが、ここでややこしくしているポイントは2ですね。1は立場として持つべきもの、2は個人の思いです。つまり、役割の分離ができていない状態です。

改善すべき点は、当然2なので、最近は努めて期待を言語化しています。早めに、小出しに、場合によってはものすごく具体的に。

僕の本質は何も変わっていない

期待していることは当時よりもどんどん大きくなっていってます。
 
冒頭の話に戻りますが、おそらく僕(自分の性質)は何も変わっていないと思います。しかし、行動は変わりました。それにより得る感情も変わりました。

そして、周囲は変わったと感じるようになったのです。

行動を変えるだけで結果も、評価も変わる。
無理に自分を変えにいくのでは無く、方法を変えることで様々なものが変わる。

そんなこともあるんですね。

僕が合議を良しとしない理由。

マネジメント

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僕は合議が嫌いです。

理由は、合議(相談、合意の上で決定)によって良い経験をしたことがないからです。
そんな経験から、今回は「合議制を良しとしない理由」を述べたいと思います。

合議の問題とは

そもそも人が集まり、合議の上で、多数決で物事を決めることはいくつかの点で問題があると思います。

1.責任の所在があいまい
よく言われる話なので、深くは言及しませんが、合議での決定はむしろ無責任な決め方です。

内心決めるのが怖いからとか、後からいろいろ言われたくないとか、そんな気持ちも見え隠れします。ここは勇気を持って決めていくべきで、もしあなたがリーダーならみんなはそれを待っているはずです。

2.参加者のレベルが違う
一人ひとりのバックボーンも違えば、持っている情報の量も違う。

そもそも人は自分の立場を優先して意見を言う生き物だから、そのレベルを合わせるのは至難の技です。理屈で言えば、立場、事実は分けて考え、あるべき姿に向かうべきです。とはいえ、これらは理屈の上で正しいだけで、多くの人は感情も立場も踏まえて考えて発言しています。(でも、それでいいと思います。)

3.どうしても結論は曖昧になる
銀行の統合後のネーミング、ことなかれ主義の政策など、世の中には玉虫色の結論が多くあります。合議は参加者の意見を尊重する傾向にあるため、どうしてもシャープな結論には行き着きません。その結果、なんの問題も解決しない方針が生み出されてしまいます。

誤解を恐れずにまとめて言うと、「合議とは、誰も責任を持たず、食い違った意見をまとめ、解決しない方針が生まれる。」ということだと思います。

一見すると民主的で素晴らしいですが、ほとんどの場合効果を出さずに終わってしまいます。

一人ひとり考えは違って当然、という前提で考える

「十人十色」そもそも人と人は違う生き物です。意見が違って当然です。なので、合議は理屈上正しいだけで、人のことを理解すればするだけうまくいくように思えません。

その上で言いたいことは、「違う」を最大限生かした取り組みをすべきということです。それはとても単純で、多くの意見を聞くことです。

ん、それは合議と違うのか?と思われますが、全く違います。僕の進めているやり方は意見を聞き、誰かが決断する行為です。

そのためには、

  • 情報が集まる場を作ること
  • フラットに意見を言いやすい状態を作ること(否定や叱責が無い)
  • 何が知りたいのか、何を思っているのかをこちらから先に伝えることです

リーダーは立場に関係なく、事実、思い、意見を聞けるように心がけることが大事です。

リーダーが合議を選ぶときには迷いがあるとき

もし、リーダーが合議で決めようと言いだしたら、それは迷いがあるときかもしれません。その合議でいくという判断は本当に必要ですか?それは責任を放棄した逃げかもしれません。

本気でチームを良くするしたければ、合議(大事な局面では特に)という選択はしないほうが得策です。物事をはっきりさせることは、ときには厳しい状態を生み出すこともあります。しかし、進むべきを示すのはリーダーの役割です。

一瞬の軋轢にひるむことなく、あるべき姿に向けて決断することがチームのためになるのです。

リーダーの役割は責任をもって決断をすること

最初に書きましたが、僕は合議制で良い答えにたどり着いた経験はほぼゼロです。逆に、議論を尽くしたうえで、決断して良い結果に結びついた経験は多くしてきました。

故に、なのだと思いますが、今はシャープでスピーディーなことを優先しているので、このスタイルがベストだと思っています。

みんなの意見を取り入れ、責任を持った決断をしていく。それがリーダーの大事な役割なのだと僕は考えます。

その姿勢があれば、間違いなく成長できると感じたできごと。

マネジメント

成長できる人が持っている姿勢

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成長する上で、成功体験が重要というのは、多くの人が聞いたことあるのではないでしょうか。

今回は、弊社のある社員(S君)の話です。きっかけは、マネージャーから彼の成長が著しい、と聞いたところから始まりました。

徹底してお手本を真似る

もともと頑張ってはいるが、まだ期待のパフォーマンスまで至っていないと聞いていたので、S君の成長が著しいとはどういうこと?と尋ねたら、「自らを振り返り、自分のやり方を捨て、お手本となる同僚を真似ることで著しい結果を得ました。」と返ってきました。

事実と結果をお伝えすると、
<事実>

  • 入社して三ヶ月、異業種からの転職
  • チーム内で唯一達成できていなかった
  • 目標と結果に大きな乖離があった

<結果>

  • 目標を達成することが出来るようになった(しかもチーム1位)
  • お客様へのヒヤリング達成割合が大幅に向上

※実数は控えさせていただきます

なぜこの結果になったのか?とても知りたくなりました。

なぜできなかったことができるようになったのか?

余談ですが、ベーシックはベンチャーの中でも比較的教育に力を入れている組織だと思います。内容は、座学で理屈を学ぶことだけではなく、ビジネスをする上で必要な基礎を鍛えることもします。

その時使うのが守壊離という言葉です。

これは武道などで使われる教えですが、Wikipediaによると、

守:支援のもとに作業を遂行できる(半人前)。 ~ 自律的に作業を遂行できる(1人前)。
破:作業を分析し改善・改良できる(1.5人前)。
離:新たな知識(技術)を開発できる(創造者)。

守破離 - Wikipedia
で、特にベーシックでは「守」の部分を重視しています。

古臭そうに見えますが、この考えはとても大事にしています。

例えば、異業種からの転職者や新卒だと、そもそもの知識や経験もないわけで、その中で突然「離」の部分に取り掛かるのは無理があります。(社会人経験から多くを期待することは◯ですが、場合によっては人材を潰しかねません)

業界経験者や即戦力な人材であれば、問答無用で破、離でしょうが、そうではない場合は、型から入って学ぶほうが圧倒的に成長は早いので、この守破離の考え方を推進しています。

話を戻します。すぐさまS君本人に、「できなかったことができるようになった」その行為をまとめて欲しいと依頼しました。後日S君から届いたまとめの内容を読み、この経験はこの先においても彼を成長させる成功体験だと確信しました。

その内容をまとめると、

  • なぜできなかったのか?

一つは、仕事の仕方が”「自分なり」に終始していた”ということ。できていた社員との差は、この点にありました。つまり、忠実に型を反復していないことで、我流になってしまった。
我流=「自分なり」になっていた。

  • 彼は不まじめだったのか?

そんなことは一切なく、一生懸命やっていた。時間も、数も決して劣っていない、しかし結果は大きく違っていた。そこに焦燥を感じ、自信を失い悪循環になっていた。

  • 真似ることで、自分が失われる?

他者からの学びは自分が失われることのように感じていた。先行している社員がいるのにも関わらず、それらを受け入れていなかった。

しかし最後はすべてを受け入れた。その結果、彼はそこで諦めず、いままでの自分の取り組みすべてを捨てて、結果を出しているある社員から学び、話し方から、間のとり方まですべてを真似ていった。

結論は前述した<結果>のとおりですが、その結果は驚くほど早く訪れました。※この結果にはチームメンバーの存在が大きかったこともあります。

経験した人にしか手に入らないもの

今回この件をブログの題材に扱いたいと思った点は、この一点に集約しています。

「素直に受け入れてみる。」

この成功体験が、この先においても彼が成長できると確信を持った重要な点です。

ちなみにS君がまとめてくれた資料には”いかに自分を捨てるか”と書いてあります。自我があるからこそ、素直になれないわけだし、確かに問題の根っこはそこだと思う。

ただ、安心してほしいのはどんなに型があろうが、真似ようが、その人はその人であるということで、自分の中に”オリジナルは存在している”ということです。

決して教えてくれた人になるわけではなく、ただ進化した自分がそこにいるだけです。

最近パーソナルトレーナーが流行っていますが、これらと同じことだと思うんですよね。トレーニングを一人ですることは出来る、しかし、先人からの学びを取り入れたほうが、より効果的。スポーツのプロでも、コーチが必ずいるのと同義です。

ものごとを素直に受け入れ、その後で自分らしさを発揮するほうが理想に近い世界のはずです。それはいつでも誰でもできること、自分が決断さえすれば。

今回S君はその経験をしました。間違いなく、大きな経験を。

彼の今後が楽しみです。

自分にしかできない仕事をなるべく無くそう。

マネジメント 思考法
自分がやっている仕事が自分にしか分からない状態は大分まずい。
 
自分の仕事を見直してみよう。
驚くくらい、他の人でもできる仕事にあふれているはずです。
 
僕は自分にしかわからない仕事は極力無くしたいと思っています。
一定数やって出来るようになったのなら他の人ができるようにしていきたい。
 
なぜなら、自ら機会を逸してしまうのと、小さな満足に満たされてしまうから。
 

言語化することは大変?

属人化させないためには行為を”言語化する”必要が出てきます。
これはなかなか大変な作業と思われがちです。
 
これらはそう思い込んでいるだけであり、わかってやっていることはアウトプットできるものです。
ただ、ちょっとしたコツは必要です。
 
・仕事の全体像をまとめる。
・取り組みのパターンを整理する。
・注意点をまとめておく。
 
イメージ的には料理レシピと同じ感じかなと。
 
最初は美味しそうなイメージをまず共有するほうが大事。
部分最適だけでは、どこかがつじつまが合わなくなります。
なので、全体像を伝えることは伝えられた相手も自分で軌道修正できるので、お互い楽になります。
 
教える手間をかけるくらいなら、自分でやったほうが早い。
そう思っている間は今のスパイラルからは抜け出せない。
とすると、新しいインプットは減っていき、慣れ親しんだ仕事に使ってしまう。
 

もう自分でやらなくて済む。

うちのとある部長が、部下に熱心にプレゼンのトレーニングをしていてすごいなと感心していたら、
これを終えれば「もう自分でやらずに済む。」と話していました。
 
これは本当素晴らしいなと感心。
 
聞き方によれば不遜と思われそうですが、トレーニングを通じて自分の持っているものを提供しきってしまえばあとは教わったものが一人でやれるようになるし、その先の継承の流れもできていく。
で、本人は次の仕事に向かえるわけです。
本人曰く、徹底的にやるから意味がある。なるほどと思いました。
一石二鳥だなあと。
  

止めず、渡して、自らも成長しちゃおう。

中途半端な状態で渡すのはまずいですが、やはり一定数取り組んで見えたものは人に渡していきたい。
繰り返しですが、それによって新たな挑戦ができるのです。
そして、人に教えること自体が自らを成長させる。
 
止めずに、どんどん渡していこう!

まずは”先人に学べ”と言いたい。

マネジメント
オリジナルなアイデアを持っていない人ほどオリジナルに拘るように見える。
これは非常にもったいない考えではないでしょうか。
 
なぜかといえば、学ぶ姿勢があれば、人は大きく成長できるからです。
 
教われる環境があるなかで、それらを放棄して中途半端なことをするくらいなら、
学んだほうが圧倒的に早く成長します。
 
 
世界的に有名なリーダーやクリエイターも口をそろえて言っています。
 
ウォルマートの創業者 サム・ウォルトン 
“他者から学ぶことこそ成功への近道。私がやったことの大半は、他人の模倣である”
 
ピカソは
”凡人は模倣し、天才は盗む”
 
サルバドール・ダリ
”何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない”
 
スティーブ・ジョブズ、エジソンなどなど。
 
 
例を出したらキリがない位。
 
かく言う僕も、これまで多くの模倣をしてきました。
その経験から思うことは、模倣することは決して楽することではありません。
少しの努力ではオリジナルに近づくことは出来ず、ましてや超えることなんて到底出来ません。
そして、本気で取り組むとその過程でオリジナルの偉大さに気づけます。
プロが一見簡単そうに見えるようにやっていることは、取り組んでその難易度がわかるのです。
一方で、遠回りせずに最短で進める利点もあります。
 
偉大さが知れて、効率も取れる。
 
なので、僕は「先人に学べ」と言っています。
 
下手な考え休むに似たりで、中途半端なことはせず、まずは真似ることから始めること。
それが成功の近道です。
 
オリジナルにこだわるのはその後でも間に合います。